メルロ=ポンティ身体論の核心|デカルトを覆す固有身体と現代への衝撃

メルロ=ポンティ身体論の核心|デカルトを覆す固有身体と現代への衝撃の最新情報を解説します。役立つ情報がチェックできます。

メルロ=ポンティが鋭い批判の刃を向けたのは、17世紀の哲学者ルネ・デカルトが打ち立てた心身二元論でした。デカルトは「我思う、ゆえに我あり(コギト・エルゴ・スム)」を通じ、疑いえない純粋な精神(思惟実体)と、空間的広がりを持つ機械仕掛けの物体(延長実体)を峻別しました。この枠組みにおいて、人間の身体は時計や機械と同じ「外的な客体」として処理されます。

しかし、メルロ=ポンティはこの前提に決定的な疑問を突きつけます。私たちは自分の身体を、机やコップを見るように外側から観察しているのではありません。手を伸ばして物を掴むとき、脳内で複雑な幾何学計算を行ってから筋肉に命令を下しているわけではなく、身体が直接世界へと関与しています。身体は世界を認識するための「道具」ではなく、世界を経験する主体そのものであるという確信が、彼の思索の出発点となりました。

この思索の背景には、エドムント・フッサールの現象学との対峙があります。フッサールは意識の志向性(意識は常に何ものかについての意識であること)を説きましたが、メルロ=ポンティはフッサール未公開の遺稿群を調査する中で、意識に先行する「生きられた身体(Leib)」の重要性を発見しました。さらに、第二次世界大戦の戦火やゲシュタルト心理学の台頭を目の当たりにした彼は、意識の純粋な透明性を信じるサルトル流の解釈とも一線を画し、「世界の中に投げ出され、制約された身体」のリアリティへと突き進みました。

関連記事