富士山は何県?山頂に境界線がない衝撃の真相と8合目以上の所有権
富士山山頂がどこの県にも属していない最大の要因は、その土地が国や地方自治体のものではなく、「富士山本宮浅間大社」の境内地(私有地)であるという点にあります。
歴史を遡ると、慶長9年(1604年)、天下統一を果たした徳川家康が関ヶ原の戦いの勝利への謝意として、富士山の8合目以上の広大な土地を富士山本宮浅間大社に寄進しました。江戸幕府を通じてこの寄進は認められ、山頂一帯は神社の境内地として管理されてきました。
しかし、明治維新後の1871年(明治4年)、明治政府が発令した「上知令(じょうちれい)」によって山頂部は国有地として強制的に没収されてしまいます。第二次世界大戦後、全国の寺社に国有地が返還される中で富士山頂だけは返還が見送られ、浅間大社側は国を相手取って所有権確認を求める長期裁判を起こしました。
最高裁判所まで争われたこの裁判は、1974年(昭和49年)に浅間大社側の勝訴が確定。その後、境界確定手続きなどを経て、2004年(平成16年)に正式に国有地から浅間大社へと所有権の移転登記が完了しました。現在、8合目以上の約385万平方メートルは、気象観測所跡地などの一部公有地を除き、すべて浅間大社の奥宮境内地として管理されています。