桐島聡の指名手配から最期まで|偽名「内田洋」で逃げ切れた理由と半世紀の全貌
報道各社による近隣住民や関係先への取材データによると、地域住民が抱いていた「内田洋」の印象は、過激派の爆弾魔とはかけ離れたものでした。
勤務先の工務店関係者は、「真面目で無遅刻無欠勤、現場の片付けや清掃を黙々とこなす控えめな男だった」と証言しています。身長約160cm前後、やせ型で眼鏡をかけ、白髪交じりの風貌は、街頭ポスターにある20代前半の若々しい面影をすっかり消し去っていました。
また、藤沢市内のロックバーや居酒屋では、ブルースやオールドロックを好む音楽愛好家として知られていました。カウンターで静かに酒を嗜み、常連客と音楽談義に花を咲かせながらも、自身の生い立ちや親族の話題になると巧みに話題をそらしていたといいます。この「日常風景への完全な同化」こそが、近隣住民に通報の動機を一切抱かせなかった最大の要因でした。