【衝撃】中村紀洋の現在とは?Dena退任の真相と豪快伝説を徹底解説
中村紀洋の球歴を語る上で欠かせないのが、天国と地獄を味わった壮絶な年俸推移と、右打者として球史に燦然と輝く通算成績です。
1990年代後半から2000年代初頭、近鉄バファローズの「いてまえ打線」で不動の4番打者として君臨した彼は、2001年のリーグ優勝時に46本塁打・132打点を叩き出し、チームを牽引しました。豪快にバットを宙へと投げ放つ姿はファンの脳裏に焼き付いています。当時の年俸は推定5億円に達し、球界最高峰の地位を築き上げました。
しかし、近鉄の消滅、メジャー挑戦、オリックスでの契約問題を経て、2007年春には所属先を失う最大の危機に直面します。このとき手を差し伸べたのが、中日ドラゴンズの落合博満監督(当時)でした。春季キャンプへ育成枠のテスト生として参加し、バット一本で支配下登録を勝ち取ったときの年俸は、わずか400万円。最高年俸の125分の1にまで落ちぶれながらも、中村は代打や主軸として奮闘し、同年の日本シリーズではMVPを獲得して中日53年ぶりの日本一に大きく貢献しました。
その後、東北楽天ゴールデンイーグルスを経て移籍した横浜DeNAベイスターズで通算2000安打を達成し、見事に名球会の仲間入りを果たしました。這い上がりの歴史こそが、中村紀洋という人間の骨格を形作っています。