最後の相場師・是川銀蔵の真実|無一文から巨富を築いた投資五ヶ条
最後の相場師・是川銀蔵の真実|無一文から巨富を築いた投資五ヶ条の主要なニュースをコンパクトにまとめました。全体像を一目で把握できます。
読者が最も強い関心を寄せるのが、「なぜ是川銀蔵は無一文から数百億円もの巨富を築き、納税日本一へと昇り詰めることができたのか」という謎です。その決定打となったのが、1981年から1982年にかけて繰り広げられた住友金属鉱山株への電撃的投資でした。
発端は、鹿児島県北部にある菱刈鉱山(ひしかりこうざん)で新鉱脈が確認されたという業界の極小ニュースでした。当時、大半の市場参加者は「日本の金鉱山など掘り尽くされており、採算に合うはずがない」と見向きもしませんでした。しかし銀蔵は違いました。過去の地質調査書や鉱山史を洗い直し、即座に現地調査部隊を派遣して地質サンプルを極秘裏に入手。自費で専門の研究所に鉱石分析を依頼したのです。
分析結果は驚異的でした。世界の主要金鉱山における金含有量が鉱石1トンあたり平均5〜10グラム程度であったのに対し、菱刈鉱山のサンプルは1トンあたり数十グラムから数百グラムという世界最高品位の金鉱脈であることが判明したのです。「これは世界の金鉱山史を塗り替える大金脈になる」と確信した銀蔵は、200円台で推移していた住友金属鉱山の株式を市場で密かに、徹底的に買い集め始めました。
買い集めた株数は約5,000万株。やがて住友金属鉱山が公式に菱刈鉱山の驚異的な試掘結果を発表すると、市場は蜂の巣をつついたような騒ぎとなり、株価は急騰を始めました。200円台だった株価は一時1,000円を超え、やがて数千円台へと暴騰していったのです。
この歴史的な大勝負によって、銀蔵は公称所得で約28億9,800万円を計上し、1982年(昭和57年)の全国長者番付(申告所得額)で松下幸之助をはじめとする名だたる大企業の創業家を抜き去り、堂々の日本一に躍り出ました。手元に残った含み益を含めた推定資産額は200億円に達したとされています。無一文から巨富を築いた要因は、市場の盲点を突く綿密なリサーチ力と、確信を得た好機にすべてを賭ける桁外れの胆力にあったのです。