伝説の実況「行くな行くな超えるな」の真相|10.19川崎球場の奇跡と光影
この実況の絶望的なニュアンスを真に理解するためには、当時のパ・リーグに存在していた過酷な試合規定を知る必要があります。当時採用されていたルールは「ダブルヘッダー第2試合は、試合開始から4時間を経過した時点で次のイニングに入らない」という鉄の掟でした。さらに、当時の川崎球場は老朽化が進み、ナイター照明や設備も決して最新鋭とは呼べない環境でした。
第2試合が始まったのは18時44分。つまり、22時44分を迎えた瞬間に新しいイニングに入ることができないという過酷なタイムリミットがセットされていました。同点に追いつかれれば、近鉄は勝ち越さなければならないだけでなく、「4時間の壁」とも戦わなければならなかったのです。あのホームランは、単なる1点ではなく、近鉄に残された「時間」という命綱をも断ち切る痛恨の一撃でした。