伝説の実況「行くな行くな超えるな」の真相|10.19川崎球場の奇跡と光影

伝説の実況「行くな行くな超えるな」の真相|10.19川崎球場の奇跡と光影の見逃せないポイントをわかりやすく整理しました。

この実況の絶望的なニュアンスを真に理解するためには、当時のパ・リーグに存在していた過酷な試合規定を知る必要があります。当時採用されていたルールは「ダブルヘッダー第2試合は、試合開始から4時間を経過した時点で次のイニングに入らない」という鉄の掟でした。さらに、当時の川崎球場は老朽化が進み、ナイター照明や設備も決して最新鋭とは呼べない環境でした。

試合・局面試合時間とスコア当時の規定・制限編集部の見解・評価第1試合
(15:00開始)近鉄 4 - 3 ロッテ
(試合時間:3時間21分)延長戦なし(最大9回)9回表1死から代走・佐藤純一の好走塁と淡口の適時打で逆転。奇跡の緒戦突破を果たす。第2試合
(18:44開始)近鉄 4 - 4 ロッテ
(10回引き分け)開始後4時間を超えて新イニングに入らない高沢の本塁打と有藤監督の抗議が重なり、10回裏突入時点で22時44分を超過。優勝が消滅。最終勝率の差西武:.5487
近鉄:.5484勝率差わずか「2毛」引き分け=敗北と同義。わずか3厘にも満たない極小の差でパ・リーグ覇者が決定した。

第2試合が始まったのは18時44分。つまり、22時44分を迎えた瞬間に新しいイニングに入ることができないという過酷なタイムリミットがセットされていました。同点に追いつかれれば、近鉄は勝ち越さなければならないだけでなく、「4時間の壁」とも戦わなければならなかったのです。あのホームランは、単なる1点ではなく、近鉄に残された「時間」という命綱をも断ち切る痛恨の一撃でした。

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