映画『バルトの楽園』はどこまで実話?第九日本初演に隠された衝撃の真相

映画『バルトの楽園』はどこまで実話?第九日本初演に隠された衝撃の真相についての真相を徹底解説します。

東映創立55周年記念作品として制作された本作の骨子となるバルトの楽園あらすじは、第一次世界大戦時の日独戦争(青島の戦い)で捕虜となった約4,700名のうち、徳島県鳴門市の大麻町に新設された板東俘虜収容所へ移送された約1,000名の第一次世界大戦ドイツ兵捕虜と、彼らを率いた日本人たちの日々を描いています。

多くの鑑賞者が抱く「どこまでが実話なのか」という疑問に対するバルトの楽園 実話の真相は、劇中で描かれた主要な出来事の8割以上が驚くべきことに史実通りです。特にクライマックスを飾る第九日本初演は、1918年(大正7年)6月1日、徳島県鳴門市の収容所内講堂において、ヘルマン・ハンゼン指揮の「エンゲル・オーケストラ」によってアジアで初めて全楽章が演奏されました。当時、ドイツ本国でも演奏が困難とされていた大曲を、男性合唱のみの編成に編曲し、女性パートをファルセット(裏声)で歌い上げて完全演奏を成し遂げた記録は、当時のプログラム印刷物とともに現存しています。

一方で、映画的な脚色も存在します。物語の狂言回しとなるブルーノ・ガンツ演じるハインリヒ・エンゲルは、実在のオーケストラ指導者ヘルマン・ハンゼンや指揮者エンゲルらの複数の人物像を統合した劇中キャラクターです。また、捕虜と日本人女性との悲恋や一部の人間関係はドラマを盛り上げるためのフィクションですが、捕虜たちが収容所の外へピクニックに出かけ、地元の川で子どもたちに水泳を教えたり、徳島ラジオ体操の原型となる体操を披露したりした逸話は、誇張抜きの史実として地元史に克明に記されています。

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