小室哲哉プロデュースDosはなぜ解散?メンバー3人の現在の姿に衝撃
デビュー曲の爆発的成功に続き、『more kiss』『CLOSE YOUR EYES』とシングルを重ね、1stアルバム『Chartered』も好セールスを記録したdosでしたが、その絶頂期は驚くほど短命に終わりました。1997年に入ると突如として新曲のリリースが途絶え、公式な解散宣言すらないまま事実上の「無期限活動休止」へと突入したのです。
当時、ネット上や芸能メディアでは様々な憶測が飛び交いました。「メンバー同士の不仲説」「売上不振説」など数多の噂が囁かれましたが、後年の関係者証言やメンバー自身の告白によって明らかになった実態は、プロデュース体制そのものの地殻変動にありました。
最大の決定打となったのは、小室哲哉とasamiの私的・音楽的急接近です。小室はasamiの類まれなリズム感とステージングに強く魅了され、自らの新レーベル「TRUE KiSS DiSC」の旗揚げとともに、小室自身とasamiによる新ユニット「TRUE KiSS DESTiNATiON(後にKiss Destinationへ改名)」を1999年に始動させました。このプロジェクトの移行に伴い、dosとしてのグループ活動は必然的にフェードアウトせざるを得ない構造に追い込まれたのです。
加えて、メインボーカルを務めていたtaecoが抱えていた過度のプレッシャーも要因の一つでした。元々アイドル歌手としての実績があったtaecoにとって、激しいダンスビートの中で高度なボーカルを維持し続ける要求水準の高さや、ダンス主導のグループ内での立ち位置に葛藤が生じていたことは、当時の音楽誌インタビューでも垣間見えていました。グループを牽引すべきプロデューサーの視線がasamiへ集中したことで、3人のバランスは修復不能な段階へと至ったのが真相です。