うつろ舟の真相とは?江戸のUfo伝説と美女の正体を徹底解明
この不可思議な事件に対し、これまで数多くの仮説が提示されてきました。大きく分けると「地球外生命体(UFO)説」、「ロシア漂流民・密航説」、そして「欧米捕鯨船・遭難船の小型救命艇説」の3つです。
まず、昭和から平成にかけてオカルトファンを熱狂させた「UFO説」について検証します。船体の円盤型フォルム、ドーム状の窓、未知の文字など、1940年代以降にアメリカで定着した「空飛ぶ円盤」のイメージと1803年の記録が奇妙なほど一致していることは事実です。しかし、舟の底に塗られていた「南蛮鉄」や木製の骨組み、乗っていた女性が肉を食べ水を飲んでいたという生理的描写は、極めて物質的であり、宇宙船というよりは海洋航行用の人工物であることを強く示唆しています。
学術的に最も有力視されているのが、ロシア漂流民説および欧米捕鯨船の遭難説です。18世紀末から19世紀初頭にかけて、ロシア帝国はアダム・ラクスマン(1792年)やニコライ・レザノフ(1804年)を日本へ派遣し、開国を求めて北方や東日本の近海に出没していました。また、太平洋ではアメリカやイギリスの捕鯨船が操業を本格化させていた時期でもあります。
船体の特徴である「ガラス張りの天窓」は、当時の西洋船における明かり取り用ハッチ(スカイライト)に酷似しており、底面の「鉄板補強」はフネクイムシによる浸食を防ぐための銅板・亜鉛板被覆技術(コッパー・シージング)を当時の日本の漁民が見慣れない鉄板として認識したと考えれば辻褄が合います。女性の「白木綿のような衣服」や「赤黒い髪」は、スラブ系や北欧系の民族的特徴と完全に合致するのです。