トリドール発祥の地は加古川市!丸亀製麺の創業秘話と現在を追う
焼き鳥居酒屋として成功を収めたトリドールは、1990年代にかけて兵庫県播磨地域を中心に複数店舗を展開し、順調に事業を拡大していきました。しかし、1990年代後半から2000年代初頭にかけて、日本の外食産業は激震に見舞われます。アルコールを伴う居酒屋業態の競争激化、さらには狂牛病(BSE)問題や鳥インフルエンザの流行といった、特定食肉を主力とする業態が抱える根源的な経営リスクを痛感させられる事態が相次ぎました。
「夜間しか営業できず、景気や食材リスクに左右されやすい酒場業態から、昼夜問わず老若男女の日常食となる持続可能な昼業態を作らなければならない」。強い危機感を抱いた粟田氏の脳裏に蘇ったのが、自身のルーツである香川県の讃岐うどんでした。粟田氏の父親は香川県坂出市の出身であり、幼少期から帰省のたびに本場のうどん文化に日常的に触れていたのです。
決定的だったのは、香川県内の製麺所を視察に訪れた際の光景でした。早朝の薄暗い製麺所に近隣住民が丼片手に集まり、茹で上がったばかりの湯気立つ麺をそのまま受け取って、刻みネギと出汁をかけて立ち食いする光景。そこには洗練された接客マニュアルなど存在しないにもかかわらず、「できたて・打ちたて・茹でたて」という根源的な本能の旨さに歓喜する人々の姿がありました。
「この圧倒的なシズル感と感動空間を、現代の外食チェーンとして郊外のロードサイドに完全再現できないか」。そう着想した粟田氏は、製麺機メーカーと試行錯誤を重ね、小麦粉と水と塩だけで店内で一から打つセルフうどんシステムの開発に成功。2000年11月、兵庫県加古川市平岡町に「丸亀製麺加古川店(1号店)」を産声を上げさせました。香川ではなく加古川を選んだのは、地元で培ったドミナント戦略の延長であると同時に、本場以外の地域でこの体験型フォーマットが通用するかを問う挑戦でもあったのです。