桂文楽の絶句と引退真相!八代目黒門町の至高芸と九代目の現在
Q1:八代目桂文楽はなぜ「黒門町」と呼ばれていたのですか?
A1:八代目文楽が当時、東京都台東区の上野黒門町に自宅を構えていたためです。落語界では名人の敬称として居住地の地名で呼ぶ慣習があり、古今亭志ん生を「日暮里」、三遊亭圓生を「柏木」と呼んだのと同様の敬称です。
Q2:舞台上で絶句したときの演目は何でしたか?
A2:1971年10月28日の国立劇場小劇場で演じられた『大仏餅(だいぶつもち)』です。登場人物の名前やセリフが出てこなくなり、「申し訳ありません、台詞を忘れてしまいました」と詫びて高座を降りました。
Q3:現在の桂文楽(九代目)はどのような活動をしていますか?
A3:九代目桂文楽は、落語協会の顧問・重鎮として鈴本演芸場や浅草演芸ホールなどの都内寄席に定期的に出演しています。先代の厳格なスタイルとは異なり、親しみやすく軽妙な高座で古典落語の魅力を広く伝えています。
Q4:八代目桂文楽の落語を初めて聴くならどの演目がおすすめですか?
A4:まずは吉原遊郭の風情と若旦那の心理が鮮やかに描かれた『明烏』、または素人芸をめぐる人間喜劇である『寝床』が最適です。八代目の持つ圧倒的な品格と様式美を存分に体感できます。