Tokioリーダー城島茂の現在と社長就任の真相|選出の裏話と手腕
ファンの間で長く語り継がれているのが、「TOKIOのリーダーはどうやって決まったのか」という選出劇です。1994年のCDデビュー前、合宿所で少年隊の植草克秀を交えた会話の中で「最年長のお前がリーダーをやれ」という流れになり、最終的にじゃんけんで決定したというエピソードは、バラエティ番組でも度々ネタとして披露されてきました。
しかし、当時の関係者やメンバーの回顧録を紐解くと、じゃんけんはあくまで照れ隠しのセレモニーに過ぎなかったことが分かります。当時、個性も自己主張も極めて強かった10代の松岡昌宏や国分太一、長瀬智也らを束ねるにあたり、頭ごなしに命令するタイプのリーダーであればグループは瞬く間に空中分解していたはずです。
松岡昌宏は過去の特別インタビューにおいて、「リーダーが城島茂じゃなかったら、TOKIOはデビューして数年で解散していた。どんなに生意気な口をきいても、すべてを受け止めて笑ってくれた」と述懐しています。自分のエゴを押し通さず、全員が自由に意見を言える心理的安全性をグループ内に定着させたこと。それこそが、城島茂がリーダーに選ばれ、30年以上にわたりその座に座り続けた決定的な理由です。