縄文土器と弥生土器の決定的違い!形と色に隠された古代生活の激変
Q1:縄文土器のほうが作るのが難しそうに見えますが、弥生土器のほうが進化した技術なのですか?
A1:その通りです。縄文土器の複雑な装飾は手作業の造形力として素晴らしいものですが、土器本来の「薄くて割れにくく、水が漏れない」という道具としての性能は弥生土器のほうが圧倒的に優れています。高温で均一に焼き上げる覆い焼きの技術や、回転台(ロクロの原型)を用いた滑らかな成形など、生産技術は弥生時代に大きな進化を遂げました。
Q2:弥生時代になると縄文土器は完全に消えてしまったのですか?
A2:一瞬でパッと入れ替わったわけではありません。北九州から東日本、東北へと稲作が広まるにつれて徐々に変化していきました。また、北海道の「続縄文文化」のように、稲作に適さない寒冷地では弥生時代以降も縄文土器の伝統を受け継いだ独自の土器文化が長く続きました。
Q3:土器の「名前の由来」に違いはありますか?
A3:縄文土器は、アメリカ人動物学者エドワード・S・モースが大森貝塚で発見した土器の縄目模様を「Cord Marked Pottery」と訳したことから名付けられました。弥生土器は、1884年に東京府本郷区向ヶ岡弥生町(現在の東京都文京区弥生)の貝塚から出土した土器がきっかけで、その地名を取って命名されています。