木山裕策『Home』の奇跡と現在|がん克服から再ブレイクの全貌

木山裕策『Home』の奇跡と現在|がん克服から再ブレイクの全貌にまつわる役立つ知識を分かりやすく発信ます。

木山裕策を語る上で避けて通れないのが、30代半ばで直面した過酷な運命です。広告関連の出版社でデスクワークに追われていた2004年、36歳のときに喉の違和感を覚え、医師から告げられた病名は「甲状腺乳頭がん」でした。当時、妻との間には育ち盛りの4人の息子がおり、一家の大黒柱として絶望の淵に立たされた瞬間でした。

さらに医師から突きつけられたのは、「腫瘍を全摘出する手術の際、声帯を司る反回神経を傷つける恐れがあり、術後は声が出なくなる、あるいはガラガラ声になるリスクがある」という残酷な宣告でした。幼少期から歌うことが何より好きだった木山にとって、声を失う恐怖は計り知れないものでした。当時の手記や特番インタビューでも、病床で「もし助かったら、もう一度思い切り歌いたい。子どもたちの記憶に残る生きた証を遺したい」と涙ながらに祈り続けた胸中を告白しています。

幸運にも手術は成功し、麻酔から覚めた木山の喉からはかすれながらも声が出ました。この九死に一生を得た経験が、彼の人生観を根底から覆します。「命には限りがある。後悔のないよう、自分の声が残るうちに挑戦したい」という純粋な衝動に突き動かされ、日本テレビ系のオーディション番組『歌スタ!!』へ応募したのが2007年、39歳のときでした。

番組では当初、審査員陣から厳しい評価を受けて一度は不合格の辛酸を舐めました。しかし、彼の飾らない人柄と切実な歌声に心を揺さぶられた音楽プロデューサーの多胡邦夫氏が楽曲提供を熱望。木山の家族への愛情、妻への感謝、子どもたちの温もりを丁寧にヒアリングして書き下ろした楽曲こそが、デビュー曲となる『home』でした。最終審査で見事に合格を勝ち取り、2008年2月6日にメジャーデビュー。同年暮れの『第59回NHK紅白歌合戦』初出場へと続く、日本の音楽史に残るシンデレラストーリーが幕を開けたのです。

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