森高千里「この街」が今も愛される理由|歌詞の意味と熊本弁誕生秘話
森高千里の通算5作目のスタジオアルバム『古今東西』(1990年8月発売)に初収録され、翌1991年に12枚目シングル『勉強の歌/この街(HOME MIX)』として両A面カットされた「この街」。作詞を森高自身が手掛け、作曲・編曲を名匠・斉藤英夫が担当した本楽曲は、彼女のディスコグラフィの中でも極めて特別な位置を占めています。
歌詞に描かれているのは、大都会で夢を追いながら暮らす主人公が、ふとした瞬間に思い出す生まれ故郷の情景です。「青い空」「広い海」、そして何気ない家族の会話や幼馴染の顔。上京した若者が直面する都会の孤独と、遠く離れた故郷への尽きない感謝が、飾らない言葉で綴られています。当時のインタビュー資料や音楽専門誌の記録によると、森高自身が熊本から上京して芸能活動を本格化させる中で感じた「リアルなホームシックと地元への愛着」がストレートに投影された作品とされています。
そして、この曲を語る上で欠かせない最大のフックが、間奏で語られる熊本弁の語りセリフです。
「やっぱり熊本が一番よかね」「お母さん、元気しとる?」といった素朴で愛らしい語りは、当時の歌謡界・J-POPシーンにおいて極めて斬新でした。制作関係者の証言によると、レコーディングスタジオで歌詞の世界観を深めるディスカッションを行う中、「標準語の歌詞だけではこぼれ落ちてしまう生々しい感情を伝えるため、本人が普段使っていた自然な熊本弁で喋ってみよう」というアイデアから急遽収録されたテイクだったと伝えられています。虚飾のない森高千里の「素顔」が吹き込まれた瞬間であり、これこそが時代を超えて聴き手の琴線を震わせる最大の要因となっています。