三菱銀行人質事件の全貌と真相|梅川昭彦の狂気と42時間の結末
事件発生から3日目の1月28日午前8時すぎ、事態は一気に動きます。42時間以上にわたる極限の膠着状態のなか、人質の疲弊が限界に達し、梅川が散弾銃を膝の上に置いてうたた寝を始めた瞬間を監視部隊が捉えました。
大阪府警本部はこれ以上の猶予はないと判断し、実力行使を決断。大阪府警警備部第2機動隊の「零中隊」(現在の特殊急襲部隊・SATの前身)を中心とする突入部隊が、合鍵を使って裏口と表のシャッターから一斉に店内へ突入しました。
目を覚ました梅川が銃を構えようとした瞬間、突入部隊員が拳銃で計8発を発射。銃弾は梅川の頭部や首、胸部を撃ち抜き、梅川はその場に崩れ落ちました。即座に大阪警察病院へ搬送されたものの、同日午前9時43分に死亡が確認され、42時間にわたる猟銃立てこもり事件は犯人射殺という形で幕を閉じました。