リアルバービーと絶賛!Snsで話題の「可愛い黒人モデル」人気の真相を徹底解説
現在巻き起こっているムーブメントを語る上で欠かせないのが、世界の美意識を決定づけた2人のスーパースターの存在です。彼女たちがいかにして過酷な業界で居場所を勝ち取り、現在の地位を築いたのか、その歩みには時代を動かす必然性がありました。
【不屈の歩み】ダッキー・ソット経歴と「バービー人形」の称号
1995年オーストラリア・メルボルンで南スーダン出身の両親のもとに生まれたダッキー・ソット(Duckie Thot)は、現代のドール系ブームの先駆者です。2013年、17歳で出場した人気オーディション番組『オーストラリアズ・ネクスト・トップモデル』シーズン8で3位入賞を果たしたものの、当時の審査員やネットユーザーから浴びせられた肌の色や髪質に対する苛烈な中傷により、一時は業界からの完全撤退を余儀なくされました。
彼女は当時の苦悩を海外メディアの手記で「毎日のように自分の容姿を否定され、家に引きこもって涙を流していた。でも、誰かの基準に合わせて自分を歪めるのはもうやめようと決意した」と告白しています。2016年に単身ニューヨークへ拠点を移すと、メイクアップ界の巨匠パット・マグラスやリアーナに見出され、コスメブランド「Fenty Beauty」のグローバル広告塔に抜擢。さらに「ピレリ・カレンダー」でオール黒人キャストによる『不思議の国のアリス』の主役に選ばれ、世界中にその名を知らしめました。2026年現在も、圧倒的なプロポーションと愛らしいドールフェイスで世界のトップメゾンから絶え間ないラブコールを受けています。
【一夜で運命が変わった】アノック・ヤイ現在の圧倒的カリスマ性
エジプトで生まれ、2歳のときに難民としてアメリカ・ニューハンプシャー州へ移住したアノック・ヤイ(Anok Yai)のサクセスストーリーは、まるで現代のおとぎ話です。2017年、ハワード大学の学園祭に参加していた彼女をストリートフォトグラファーが撮影し、Instagramに投稿した写真がわずか数時間で数十万の「いいね」を獲得。複数の大手事務所による激しい争奪戦の末、名門「Next Model Management」と契約を結びました。
契約からわずか数ヶ月後、2018年プラダ(PRADA)の秋冬コレクションにおいて、1997年のナオミ・キャンベル以来21年ぶり史上2人目となる黒人モデルのオープニングという歴史的快挙を達成。米業界誌『Models.com』が選出する「Model of the Year 2023」をはじめ数々の主要アワードを総なめにし、アノックヤイ現在の立ち位置は、メットガラ常連のファッションアイコンとして揺るぎない頂点に君臨しています。無駄を極限まで削ぎ落としたシルエットと知的な眼差しは、ランウェイに現れるだけで会場の空気を一変させる威厳を放っています。