ラグビー日本代表の韓国人選手|具智元と李承信が示す誇りと国籍の真相
同じく「韓国」というキーワードで語られる具智元選手と李承信選手ですが、その生い立ち、出身校、そして「国籍」のあり方は大きく異なります。2人の歩んできた軌跡と公式プロフィールを詳細に比較・整理しました。
具智元の帰化劇に見る「日本のラグビーへの覚悟」
具智元選手の父は、かつて韓国代表の猛将プロップとして鳴らし、本田技研でも活躍した具東春(グ・ドンチュン)氏です。偉大な父の背中を追い、幼少期に兄の智晃(ジファン)選手とともにニュージーランドへ渡った後、大分県の日本文理大学附属高校へ進学。拓殖大学を経てHonda HEATへと進みました。
日本代表初キャップを獲得した2017年、そして歴史的8強入りを果たした2019年W杯日本大会の開幕時点において、具選手はまだ「韓国籍」でした。当時の代表資格規定である「3年間の継続居住」をクリアしてピッチに立っていたのです。しかし大会直後の2019年12月、法務省の官報に帰化許可が告示され、正式に日本国籍を取得しました。特番インタビューや記者会見の席で、具選手は「日本に育ててもらった。これからも日本のためにスクラムを組み、骨を埋める覚悟を持っていた」と静かに、しかし力強く語っています。国籍を変えるという人生最大の決断の背景には、自分をプロ選手として育て上げた日本への深い敬意と恩返しがありました。
李承信のルーツと朝鮮学校から桜のジャージへの道
一方の李承信選手は、兵庫県神戸市で生まれ育った在日韓国人3世です。幼少期からボールを追い、神戸朝鮮初中級学校から全国屈指の強豪である大阪朝鮮高級学校へ進学。3年時には花園(全国高校ラグビー大会)で司令塔としてベスト4進出の快挙を成し遂げました。帝京大学へ進学するも、世界最高峰の舞台を見据えて単身ニュージーランド留学を決断。折からの新型コロナウイルス禍で渡航が阻まれる不運に見舞われながらも、地元のコベルコ神戸スティーラーズに入団し、持ち前の正確無比なキックと強気のアタックで定位置を奪い取りました。
2022年に日本代表デビューを果たし、2023年フランス大会にも出場。李選手は韓国籍を維持したまま、生まれ育った日本を代表して戦っています。母校の朝鮮学校関係者や在日コリアンコミュニティのみならず、日本の多くのファンが「出自に関係なく、グラウンド上で見せる献身と責任感」を絶賛しています。