平幹二朗の死因と急死の真相|浴槽での最期から家族の現在まで
今注目を集めている 平幹二朗の死因と急死の真相|浴槽での最期から家族の現在までについて、多角的な視点をご紹介しています。
平幹二朗さんの役者としての足跡は、日本の戦後演劇史そのものといっても過言ではありません。俳優座で頭角を現したのち、浅利慶太演出の劇団四季公演や蜷川幸雄演出のシェイクスピア劇など、数々の伝説的舞台で主演を務めました。
なかでも1978年初演の舞台『王女メディア』では、タイトルロールである狂気のギリシャ悲劇のヒロインを男性でありながら女形として熱演。その圧倒的なスケールと美しさは日本国内のみならず、ギリシャのアクロポリスをはじめとする世界各国でも熱狂的な賛辞を浴び、日本の舞台演劇の水準を世界へ知らしめました。
また、NHK大河ドラマの経歴においても燦然と輝く功績を残しています。1970年『樅ノ木は残った』の原田甲斐役、1973年『国盗り物語』の斎藤道三役と、2度の大河ドラマ主演を経験。後年にも『武田信玄』の武田信虎役や『篤姫』の調所広郷役など、物語の屋台骨を支える重鎮役として長きにわたり君臨し続けました。