太陽を盗んだ男』衝撃ラストの真相は?沢田研二の怪演と伝説のゲリラ撮影秘話
映画『太陽を盗んだ男』のクライマックスは、邦画史上に残る壮絶なバイオレンスとカタルシスに満ちています。自作したプルトニウム原爆の起爆スイッチを手に、警視庁捜査一課の山下警部(菅原文太)と対峙する中学校理科教師・城戸誠(沢田研二)。二人の因縁の対決は、激しい銃撃戦と肉弾戦の末、日本武道館の屋上という象徴的な舞台へと雪崩れ込みます。
激闘の果てに、山下警部は屋上から転落死。城戸は辛くも生き残るものの、原爆製造時の被曝によって肉体は限界を迎えていました。抜け落ちる頭髪、口元から滴る鮮血、蒼白な肌――急性放射線障害の末期症状に蝕まれながら、城戸は原爆を抱え、薄暮の東京の雑踏へと歩みを進めます。
群衆の中を彷徨い歩く城戸の顔に、突如として浮かび上がる不気味な笑み。そして画面が静止し、鼓動のような低音が響き渡る中で映画は幕を閉じます。この「原爆は爆発したのか、それとも城戸は爆発前に力尽きたのか」という結末の解釈は、公開当時から現在に至るまで数多くの議論を呼んできました。
脚本を手掛けたレナード・シュレイダーと長谷川和彦監督の演出意図、ならびに関連文献の記述を総合すると、ラストシーンの本質は「爆発の物理的事実」そのものではなく、「日常の無関心の中で破滅のトリガーを抱えながら生きる大都市の危うさ」を描くことにあります。繁華街の通行人たちは、すれ違う男が国家を消滅させうる核兵器を抱えていることにも、その男が放射線で死に瀕していることにも一切気づきません。絶対的な破壊力を持つ「太陽」を手に入れながらも、結局は世界を変えることも救うこともできなかった個人の孤独と虚無が、あの鮮烈なストップモーションに凝縮されています。