なぜAkb48「でもでもの涙」は伝説に?初代ペアの誕生秘話と神曲の真相
ネット上の掲示板やSNSでは、長年にわたりいくつかの事実誤認が囁かれてきました。本稿では取材記録に基づき、代表的な2つの誤解を正します。
第一の誤解は「曲名が『でもでもの涙』である」という表記の混同です。検索エンジンのサジェストに「でも でも の 涙」と現れるのは、サビの歌詞「でも でも 好きだった」というフレーズの反復が強烈な印象を残しているためであり、正式名称はあくまで『てもでもの涙』です。助詞の「ても(〜しても)」と逆接の「でも」を掛け合わせた言葉遊びがタイトルに込められています。
第二の誤解は、初代歌唱者である佐伯美香の脱退理由にまつわる憶測です。佐伯は2008年のチームB昇格後、卓越したビジュアルと表現力で柏木由紀の相方として嘱望されていましたが、2009年に突如グループを卒業しました。ネット上では様々な噂が飛び交いましたが、報道各社の取材データおよび本人の手記でも語られている通り、直接の原因は「重度の足のケガ(疲労骨折)」による治療専念でした。
その後、佐伯は2014年に「バイトAKB」のオーディションに合格して期間限定で復帰。2015年のステージで柏木由紀と再び「てもでもの涙」を披露した瞬間は、単なるアイドルの持ち歌を超え、苦難を乗り越えた2人の友情と再会の物語としてファンの語り草となっています。