竹内まりや、名門・慶応大学をなぜ中退?卒業直前の決断と秘話を徹底解説
竹内まりや、名門・慶応大学をなぜ中退?卒業直前の決断と秘話を徹底解説についての疑問解決ガイドをお届けします。
竹内まりやの知的な詞世界を読み解くうえで欠かせないのが、高い教養に裏打ちされた学歴の足跡です。生家は島根県出雲市・出雲大社の正門前に建つ、1877(明治10)年創業の老舗「竹野屋旅館」。地方政財界や文化人との交流も深い裕福で文化的な家庭環境において、幼少期からピアノや英語、ビートルズなどの英米ポップスに親しむ日常を送っていました。
地元の出雲市立大社小学校、大社中学校を優秀な成績で卒業した彼女は、島根県内屈指の進学校として知られる島根県立出雲高等学校普通科(現在の偏差値65前後)へ進学します。高校3年生在学中の1972年には、公益財団法人AFSの交換留学生試験に合格し、アメリカ・イリノイ州のロックフォールズ・ハイスクールへ留学。1年間におよぶ現地生活で磨かれた生きた英語力と国際感覚は、後の作詞・作曲における流麗な言葉選びの土台となりました。
帰国後、出雲高校を卒業した彼女は、1974年4月に慶應義塾大学文学部へ進学し、2年次からは英文学科を専攻します。当時も私立文系最難関の一角として君臨していた名門学部であり、語学力と文学的素養を兼ね備えたエリートとしての道を順調に歩んでいました。