賤ヶ岳七本槍・平野長泰はなぜ大名になれず旗本留まりだったのか?
これまで平野長泰は「七本槍の落ちこぼれ」という不当なイメージを持たれがちでした。しかし、一次史料の研究や歴史の見直しが進むにつれ、その評価は大きく塗り替えられています。
第一に、「秀吉への義理と徳川への筋を通した処世の誠実さ」です。大坂の陣で裏切りや寝返りが横行する中、堂々と古巣への情義を吐露しながらも秩序を乱さなかった長泰の立ち振る舞いは、武士道精神の極致と言えます。
第二に、「激動の幕藩体制を生き延びたリスク管理能力」です。領土拡大による幕府の警戒を避け、手堅く田原本の発展に尽力した結果として、一族を明治まで繁栄させました。栄華を極めて散っていった同輩たちと比較しても、平野長泰は「真の勝ち組」の一人として語り継がれるべき存在です。