村下孝蔵『初恋』誕生秘話と実在モデル|早すぎる急逝の真相と今
精力的に音楽活動を続けていた村下孝蔵を突然の悲劇が襲ったのは、1999年(平成11年)6月20日のことでした。東京都文京区駒込のスタジオでコンサートのリハーサルを行っていた最中、突然の体調不良を訴えて意識不明となり病院へ緊急搬送されます。
診断結果は「初発性脳内出血」。医師団による懸命の救命措置が行われましたが意識が戻ることはなく、4日後の1999年6月24日、46歳というあまりにも早すぎる年齢で息を引き取りました。高血圧などの持病や過密スケジュールによる過労が重なったとみられています。
彼の早すぎる死を悼み、命日である6月24日は代表曲『初恋』の歌い出しにちなんで「五月雨忌(さみだれき)」と名付けられました。四半世紀以上が経過した現在も、毎年この日にはファンや関係者が集い、追悼ライブや特別番組が組まれるなど、彼の功績は大切に守られています。