ダンサー・イン・ザ・ダーク結末ネタバレ|なぜセルマは死刑を選んだか
本作を語る上で避けて通れないのが、主演ビョークとラース・フォン・トリアー監督の間に生じた過酷な確執劇です。
撮影当時、トリアー監督はビョークから本物の感情を引き出すため、精神的な追い込みを徹底しました。ビョークは単にセルマという役を演じるのではなく、憑依したかのように「セルマそのもの」として現場で生きていたとされます。彼女は撮影中のインタビューや後の手記で、「セルマの痛みが自分の中に雪崩れ込んできて耐えられなかった」「監督は私の魂を操り、感情を弄んだ」と激しく吐露しています。撮影中にビョークが衣装を引き裂いて現場から数日間失踪したという事件は、当時の映画界を震撼させました。
カンヌ国際映画祭の公式記者会見においても、二人の間には冷たい空気が流れ、ビョークはこの作品を最後に「二度と本格的な長編映画の現場には戻らない」と宣言しました(後に2022年の『ノースマン 導かれし復讐者』などで限定的な出演を果たすまで、四半世紀近く映画主演から距離を置くことになります)。
なぜトリアー監督は、ここまで徹底して一人の女性を追い詰め、過酷な結末へと叩き落としたのか。
トリアー監督は一貫して「アメリカという巨大なシステムが内包する偽善」と「純粋無垢な善意がいかに社会によって摩耗し、消費されるか」を暴くテーマを追求してきました。本作は『奇跡の海』『イディオッツ』に続く「黄金の心(ゴールデン・ハート)三部作」の完結編に位置づけられています。監督の意図は、ハリウッド映画が得意とする「最後には善意が報われる安易なヒューマニズム」に対する痛烈なアンチテーゼでした。
現実の社会においては、清らかな心を持つ弱者ほど搾取され、無理解な法と権力の前に押し潰される。その残酷な真実を、ミュージカルという最も華やかな娯楽の文法を借用して徹底的に暴き立てることこそが、トリアー監督の狙いだったのです。