今林大の父親と実家の現在|海の中道事故から20年の真相
事故発生直後、世間からの激しい怒りと非難の矛先は当然ながら実家にも向けられました。福岡市役所への抗議電話だけでなく、実家周辺には連日メディアが押し寄せ、近隣住民を巻き込んだ騒乱状態となったのです。
公判が始まると、父親は弁護士を通じて「取り返しのつかない罪を犯した息子の親として、命を賭して償いたい」という趣旨の謝罪コメントを発表。福岡地裁での公判廷にも姿を現し、証言台の前に立って遺族に対して深々と頭を下げ続けました。公の場で見せた父親の表情は蒼白で、髪は白髪が目立ち、急激に老け込んだ様子が傍聴席からも見て取れたと当時の司法担当記者は述懐しています。
父親は自筆の謝罪文を何度も遺族側に送付しようと試みました。しかし、愛する3人の我が子(当時4歳、3歳、1歳)を一瞬にして奪われた被害者遺族の心情からすれば、加害者側の手紙を受け取ることは到底受け入れられるものではありませんでした。遺族側代理人を通じて謝罪文の受け取りは拒否され、直接の面会謝罪も叶わないまま、平行線をたどることとなりました。