インカ帝国初代皇帝マンコ・カパックは実在した?建国神話の真相
インカ帝国初代皇帝マンコ・カパックは実在した?建国神話の真相の真相について、専門知識を基に徹底解説します。
マンコ・カパックから数えて第9代皇帝となるパチャクテク(「大地を揺るがす者」の意)の時代に、インカは劇的な軍事的・行政的飛躍を遂げました。パチャクテクは精緻な石造建築技術を用いた都市計画を推進し、空中都市として名高いマチュピチュを自らの離宮・聖域として建設させました。また、数万キロに及ぶ幹線道路網「インカ道」と早飛脚(チャスキ)による情報伝達網を整備し、巨大国家の中央集権化に成功しました。
しかし、初代から続いた栄光の帝国は、16世紀前半に突如として崩壊の危機を迎えます。インカ帝国滅亡理由の真相を検証すると、単一の要因ではなく複数の致命的な打撃が重なっていたことがわかります。
第一に、スペイン人が持ち込んだ天然痘などの感染症が先行して広がり、皇帝ワイナ・カパックをはじめとする膨大な人口が失われました。第二に、その直後に勃発した皇位継承を巡るワスカルとアタワルパの内戦によって、国力と結束力が著しく疲弊していた点です。
そこへ1532年、わずか168人の手勢を率いたスペインの征服者フランシスコ・ピサロが侵入します。銃器、騎兵の機動力、そして巧妙な心理戦の前に、カハマルカの広場に集まった数千のインカ兵は圧倒され、皇帝アタワルパは生け捕りにされました。莫大な黄金の身代金が支払われたにもかかわらず、アタワルパは1533年に処刑され、約300年続いた太陽の帝国はその幕を閉じることとなりました。