ヒカルの大学はどこ?高卒からトップ起業家へ!進学を選ばなかった衝撃の真相
ヒカルの真のブレイクスルーは、工場をわずか数か月で退職した直後に訪れました。ここから始まるヒカルの起業経緯は、まさに壮絶なサバイバルそのものです。
工場を辞めたヒカルは、知人の紹介で通信回線や保険を扱うフルコミッション(完全歩合制)の営業職に飛び込みます。固定給が一切出ない過酷な環境でしたが、ここで神崎高校時代に培った観察眼と話術が爆発的な成果を生み出しました。顧客の警戒心を一瞬で解き、潜在的なニーズを突く営業トークで瞬く間に社内トップの成績を叩き出します。
その後、21歳で自らの会社を立ち上げたものの、信頼していた共同経営者の裏切りや資金ショートにより、一時は約1200万円もの多額の借金を背負うことになります。普通の人であれば自己破産を検討する絶望的な状況でしたが、ヒカルはここで立ち止まりませんでした。
インターネットビジネスの将来性に着目した彼は、寝る間を惜しんでアフィリエイトやメルマガマーケティングを研究。わずか数か月で借金を完済したばかりか、月収1000万円以上を安定して稼ぎ出すネット起業家へと変貌を遂げました。そして、文字やブログの時代から動画の時代へのシフトをいち早く予見し、2010年代半ばにYouTubeへと本格参入。「金髪起業家YouTuber」として一世を風靡し、現在のアパレルブランド「ReZARD」をはじめとする巨大ビジネス帝国へと繋がっていきます。