なぜ解散?一世風靡セピアの確執の真相と哀川翔・柳葉敏郎らメンバーの現在
大ブームの渦中にあった1989年7月31日、一世風靡セピアは渋谷公会堂でのライブを最後に突如として解散しました。人気絶頂での唐突な幕引きに対し、当時はメディアを中心に「哀川翔と柳葉敏郎のツートップによる主導権争い」「メンバー内の深刻な確執」といった憶測が飛び交いました。
しかし、当時の関係者への取材記録や、後にメンバー自身がテレビ特番の対談や自著で語った回想録を検証すると、噂の裏にあった全く異なる真実が浮かび上がります。小木茂光や哀川翔が公に語っている通り、グループの結成時に「活動期間は最長でも5年。男が群れていられるのは5年が限界であり、それぞれが役者や表現者として一本立ちするための助走期間とする」という明確な取り決めが交わされていました。
当時のインタビューで哀川翔は、「ダラダラと過去の栄光にすがるのは、セピアの美学に反する。散るからこそ美しいという歌詞の通り、自分たちの手で最高の瞬間に幕を下ろしたかった」と述懐しています。個性の強い男たちが集まる組織において、意見の衝突や喧嘩は日常茶飯事であったものの、それは制作に対する真剣さゆえのぶつかり合いであり、解散の引き金となった致命的な不和ではありませんでした。自ら定めた約束を頑固なまでに守り抜き、惜しまれつつ散っていく姿こそが、彼らの一貫した表現形式だったのです。