東幹久の実家は渋谷の超一等地?お金持ちの噂の真相と家族構成を徹底解説
東幹久さんの生い立ちを語る上で欠かせないのが、10代の頃の武勇伝と劇的な芸能界入りです。
中学校を卒業後、高校へ進学したものの、当時の渋谷特有の熱気に引き込まれ、ほどなくして中退を選択します。長身で彫りの深い端正なルックスを持ちながら、街のグループでも一目置かれる存在だった東さんは、まさに「渋谷の顔」の一人でした。
転機が訪れたのは1988年、山川直人監督の映画『SO WHAT』のオーディション兼スカウトでした。渋谷の街を歩いていたところを関係者の目に留まり、映画の主演に大抜擢されます。演技経験ゼロからのスタートでしたが、持ち前の度胸とストリート仕込みの存在感で一躍注目を集めました。
その後、1995年に放送された歯磨き粉「アパガード」のテレビCM『芸能人は歯が命』で高岡早紀さんと共演し、社会現象となる大ヒットを記録。二枚目俳優としての地位を不動のものとしながら、徐々にコミカルな演技やバラエティ番組でのイジられ役もこなすマルチなタレント性を開花させていきました。