出生率暴落の歴史と迷信の真相!丙午が投じる現代社会への一石
時代が昭和へと下り、科学や医学が高度に発達した20世紀後半においても、この伝統的な迷信は猛威を振るった。人口統計学の記録を紐解くと、昭和41(1966)年の出生数は約136万人と、前年(約182万人)や翌年(約194万人)と比較して突出した落ち込みを見せている。子供の将来を案じた親たちが妊娠を控えたり、届出の時期を意図的にずらしたりした結果であった。
厚生労働省の動態統計や、人口問題の専門研究機関である国立社会保障・人口問題研究所が保持する長期的データにおいても、この年の凹みは日本の人口動態史における「単発的な極大異常値」として特筆されている。高度経済成長の真只中にありながら、先進国日本において科学的根拠のない俗信が集団的な行動変容を引き起こした事例として、国際的な社会学・人口学研究の場でも度々議論の対象となってきた。