彬子さまはなぜ「女王」なのか?内親王との違いと皇室典範の真相
彬子女王の歩みを語る上で外せないのが、父である「ヒゲの殿下」こと故・寬仁親王との厳しくも温かい親子関係、そして研究者としてのストイックな軌跡です。
学習院大学文学部史学科を卒業後、彬子女王は英国オックスフォード大学マートン・カレッジへ留学。大英博物館が所蔵する日本美術コレクションを主たる研究対象とし、2010年に女性皇族として史上初めてとなる博士号(D.Phil.)を取得されました。
この留学生活の喜怒哀楽を綴った自著『赤と青のガウン オックスフォード留学記』(PHP文庫)は、皇族としての立場と一人の留学生としての葛藤を赤裸々に描いて一大旋風を巻き起こしました。作中では、慣れない海外生活の中で側衛(皇宮護衛官)を付けずに暮らす苦労や、厳しい指導教官からの容赦ない論文指導、さらには「皇族だからといって学問の世界で特別扱いは一切されない」という過酷な現実が軽妙な筆致で綴られています。
寬仁親王は生前、彬子女王に対して「皇族として生まれ育った義務を果たしつつ、自らの足で立つ一人の専門家であれ」という趣旨の教えを授けていたと伝えられています。彬子女王はその教えを胸に、日本文化の継承と発信を行う一般社団法人「心游舎」を創設して総裁に就任するなど、伝統と現代社会をつなぐ実践的な活動を展開してきました。公の場で見せる凛とした振る舞いと、手記で見せる人間味あふれるユーモアのギャップこそが、世代を超えて熱狂的な支持を集める最大の要因です。